Spiberの存在意義は、「持続可能なウェルビーイングへの貢献(Contribute to sustainable human well-being)」です。わかりやすく言えば、「人の幸せ」を持続可能なものにしていくこと。私たちは、次世代の基幹素材やその循環システムのデザイン、開発、社会実装を通じて、廃棄を前提としない循環型経済への転換に大きな役割を果たすことで、その存在意義を最大化したいと考えています。
現在、私たちが特に集中している事業領域のひとつが、アパレル・ファッション産業です。アパレル・ファッションは、人の個性、ありたい姿、大切にしたいことを表現する重要な手段・媒体であり、人類社会において文化的な役割も果たしています。一方で、世界で2番目に大きな経済活動とも言われる巨大産業であり、人権や環境に与える負の側面もクローズアップされるようになりました。
一人ひとりの個性を尊重し、多様な価値観を受け入れ、より人間的で創造的な社会を築いていくために、今後アパレル・ファッション産業が果たす役割はますます大きくなると考えられる一方で、循環型経済への移行は必須課題です。最新の分析によると、2030年までに世界人口は85億人を超え、パリ協定の基準を満たすためには、衣服の5着に1着が循環型のビジネスモデルで取引される必要があると言われており、技術革新に基づくサプライチェーンを横断した産業構造の転換が求められています。
その実現に向けた一つの具体的なコンセプトが、生物圏循環(Biosphere Circulation)です。つまり、多糖やタンパク質といった生物圏の材料を積極的に産業に取り入れることで、地球の生態系と人類の産業生態系の垣根を取り払い、一体的な生態系としてデザインしていこう、というアイディアです。
綿や麻、カシミヤやシルクなど、自然界にはこれらの材料でつくられた多様で魅力的な素材がたくさんあります。しかし役目を終えた製品の回収や再資源化のプロセスには、必ずコストがかかります。持続可能な事業として成立し得るほどに付加価値を高めてリサイクル(アップサイクル)する「経路」が存在しなかったために、結果として多くの「資源」が廃棄(焼却や埋め立て処分)されてきました。
Brewed Protein™素材は、その壁を超えるための鍵となります。私たちは、生物圏の材料を用いて、多様で魅力的な素材を設計するための技術基盤の確立、素材のライフサイクルにおける地球環境への影響、循環システムの構築まで、あらゆる角度から15年にわたり検討を続けてきました。微生物発酵(ブリューイング)を核とした私たちの技術基盤が、多様な生物圏素材のアップサイクルを可能にする道を拓き、ゴミという概念のない循環型社会の新時代を牽引します。
タンパク質は、大きさや特性の異なる20種類のアミノ酸が、数十から長いものでは数千個、直鎖状につながってできた高分子材料です。髪の毛、皮膚、爪、筋肉、インスリン、抗体、これらは見た目も特徴も機能も全く異なりますが、どれも主にタンパク質でできています。人間の体を構成するタンパク質は数万種類あり、それらはどれもタンパク質ですが、アミノ酸の組成や配列が異なります。一言でタンパク質といっても、その機能や特徴は多種多様なのです。これが、私たちがタンパク質をマテリアルプラットフォームと呼ぶ所以です。
20種類のアミノ酸を100個並べる時の組み合わせのパターンは20の100乗。全宇宙にある原子の数がおおよそ10の80乗個といわれているので、全宇宙に存在する(星の数ではなく)原子の数よりも、20種類のアミノ酸をたった100個つなげる際の組み合わせのパターンの方が、20桁ほど大きいということになります。この膨大な組み合わせのパターンの中で、地球上に存在する(した)生命が辿り着けた配列のパターンはほんの極々一部であり、逆に言えば、この無限のプールの中に、生物が辿り着けていない、もし産業的に活用できたら素晴らしい素材となり得るような未知のタンパク質が、無数に眠っているのです。ではどのようにしてその宝を掘り当てることができるのでしょうか?
私たちは、その鍵が「進化のプロセス」にあると考えました。進化のプロセスは、生物の最もクリエイティブでイノベーティブなシステムといっても過言ではありません。生物の進化とは、遺伝情報(DNA)に変異が入り、主にタンパク質のアミノ酸の配列情報が書きかわり、新しい素材や機能、メカニズムを手に入れることで、より環境に適用できるようになったものが自然淘汰の中で選抜される、というプロセスです。
自然界においては、遺伝情報に変異を入れていくことは、そもそも生存に不可欠な素材や機能、メカニズムを失うリスクと隣り合わせであるため、ある意味慎重に、少しずつ試していく必要があります。一方で、実験室においては、情報科学的なアプローチにより戦略的に目的の特徴を備える素材を設計し、大胆かつ大規模に変異を入れていくことが可能です。自然界で数億年かかるようなタンパク質の進化を、実験室で数年、もしくは数ヶ月で実現できるような技術基盤を確立すること、加えて、ここで設計されたタンパク質を、エネルギー効率のよい微生物を利用し、持続可能な植物由来の原料をもとに環境負荷低く、低コストに生産する技術を開発すること。
これがSpiberが取り組んでいる「タンパク質というマテリアルプラットフォームを産業的に使いこなす」というコンセプトです。まだ拓かれていないタンパク質の可能性を解放し、循環型社会の実現を後押しする重要なピースを提供していきます。
Spiberは、Brewed Protein素材の主な原材料、つまり微生物の栄養源に、サトウキビやトウモロコシといった再生可能なバイオマスに由来する糖類を使用します。これら農作物のサプライチェーンが持続可能な方法で生産されていることを担保するため、私たちは使用する農作物の種類やその生産地域、および原料調達の時期や規模に応じて、第三者認証機関や農家を支援するNGO、外部の共同研究先とともに各種の取り組みを進めています。
Bonsucroは、サトウキビの栽培と加工に関連する環境的および社会・経済的持続可能性に関する基準(VSS:Voluntary Sustainability Standard/自主的持続可能性基準)を定め、これらの基準を満たしたサトウキビ製品に対して認証を付与する団体です。Spiberのタイ・ラヨンのプラントで生産するBrewed Proteinポリマーの原材料には、Bonsucro認証を受けたサトウキビ由来の糖を100%採用しています。
-> Learn more about Bonsucro certificationADM社と米国のプラントで生産するBrewed Proteinポリマーは、米国中西部で栽培されたトウモロコシから作られます。過去の研究によると、この地域での数十年にわたる集約農業の影響で、土壌劣化が深刻化し、表土喪失と富栄養化に関連するさまざまな環境問題が発生していることが示されています。
これらの課題解決と、原材料となるトウモロコシの栽培に使用される土壌の健康状態を取り戻すために、私たちは、ADM社、トウモロコシ農家および現地のNGO団体の農学者の方々と共に、環境再生型農業に段階的に取り組んでいく予定です。初期段階では、カバークロップ栽培を実施する農家からトウモロコシを調達する考えです。将来的には、効率的に肥料の使用量を削減し、野生生物や生物多様性の保護を可能にする施策を策定していくことを予定しています。
現在、Brewed Protein素材の生産規模は非常に小さいため、原材料として必要なバイオマス資源は、世界の農作物の生産量と比べるとごくわずかです。しかし、将来的に同素材が広く普及、あるいはバイオ素材産業が拡大していくと、食料供給源と競合する可食バイオマス由来の原材料から、非可食バイオマス由来の原材料に転換していく必要があります。この移行を実現するために、現在私たちは、バガス(サトウキビの搾汁残渣)やコーンストーバー(トウモロコシの茎葉)などセルロースを多く含む農業副産物を糖化して、Brewed Proteinポリマーの主原料として活用する技術を共同研究しており、数年以内の実用化を目指しています。さらに中長期的には、コットンやウールなどの生物圏内で循環する素材でつくられた使用済みの衣料品や生地生産工程で端材などを大規模に回収・酵素分解し、生成されるグルコースやアミノ酸をBrewed Proteinポリマーの原材料として再利用する新たなエコシステムの構築を目指しています。
Spiberは、10年以上の研究開発の期間を経て、いよいよグローバルな商業生産体制へ移行します。事業を通して、社会に少しでも大きな貢献をできるよう、私たちの上流バリューチェーンのサプライヤーと順次協議を行い、サプライチェーン全体の持続可能性と透明性、追跡可能性、そして説明責任を最大限担保できるように働きかけています。そこで、環境や人権に配慮したサプライチェーンのあり方に関する私たちのビジョンをバリューチェーン上のサプライヤーの皆さまにご理解いただくための手段として「持続可能な調達方針」を策定しました。さらに、バリューチェーン上の全てのステップにおける同方針の遵守と問題の検知・対処を行うため、上流サプライヤーの従業員や地域コミュニティーのステークホルダーが利用可能な匿名通報システム(苦情処理メカニズム)を準備しています。
Brewed Protein素材の製造に用いられるエネルギー量とその調達方法は、同素材のカーボンフットプリントに大きな影響を及ぼします。私たちは、再生可能エネルギーを「利用」するだけではなく、私たちの事業活動によって電力系統全体における化石燃料の使用量が増加してしまうことがないよう、再生可能エネルギー発電所の増設に貢献することで、私たちが消費する量と同等以上の再生可能エネルギーを「創出」し、電力系統に供給することを目指しています。